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うつ病VS孤高 いつか、蟹を食べる

2024/3/16のわたしはすごくまとも

容姿が原因で「選ばれなかった」瞬間がいくつもある。その時は選ばれなかったなと分からなかった時も、その時既にわかっていた時もある。そういう瞬間の積み重ねが、私の容姿に対するコンプレックスを作り上げ、わたしはゆっくりわたしのことが嫌いになった。

 

小学校低学年の時思春期はまるっと自分の容姿が好きになれなかったからなのか、そうじゃないのかわからないけれど、男の子が着ている服(女の子も着てるけど便宜的に)を着るのが好きで、隣に住んでる6年生の男の子にお下がりの服をもらって、嬉しくてそればかり着ていた。とにかくクラスの男の子と同じの格好がしたかった。小さい頃はきっとピンクが好きだったと思うんだけど、覚えてる記憶のいちばん古い好きな色は水色で、濃い水色のランドセルを買ってもらった。小学生の頃のランドセルは、ピンクとか薄い水色とか、オレンジみたいなベージュみたいな色が多くて、水色がいても私みたいな濃い水色のランドセルはいなかった。今思い返してもあの色のランドセルがいちばんかわいいと思ってる。

 

小学校3年生の時、ニキビが出来始めた。学年でニキビができてたのは私ともう1人だけだったけど、もう1人の子は私よりも可愛かった。小学校3年生は私の恋愛が初めてうまくいった年で、クラスの男の子のことを好きになって告白したら、俺も好きだよと言われたのを覚えてる。けど、最終回の後の藤岡ハルヒに憧れてたから、その結果に満足してなんかもうどうでも良くなってしまった。それが夏頃で、ニキビは秋から冬にかけてでき始めた。どうでも良くなってしまったからニキビが頭角を表し出したのかもしれないと思うと、かなり悔しい。

 

小学校高学年の頃の写真は全体的に笑顔が変でかわいくない。当時は自分の嫌な部分を隠すために変な笑顔をしていたんだと思うんだけど、今見返すと全部変。教えてあげたいけど、教えてあげたらまた変な笑顔を開発してきてしまうだろうからやめておく。

 

中高6年間、「かわいい」と言われた記憶が一度しかないし、私はこの一度の、しかも気まぐれの「かわいい」に執着して、大切に抱きしめて生きていた。いつどこで、誰に言われたのか、どんなトーンで言われたのか、全部覚えてる。自分の顔が好きになれなくて仕方なかったあの時期に唯一言われた譫言みたいな「かわいい」にずっと縋って生きていた。今思い返しても、なんか、可哀想だと思う。

 

高校の恋愛は、一瞬うまくいきかけて、自分ばかりが相手のために動いていることや相手が何も働きかけてくれないことが突然虚しくなって、全てどうでも良くなってしまった。あの時もうちょっと頑張っていれば、何なら告白していたら、きっと付き合えていたと思うけれど、それに意味があったとは思えない。これも私の容姿がよくないせいなのではないだろうか、と、考えた事が何度もある。(いつか答え合わせがしたい)

 

私が私に「かわいい」と言うのは、ルッキズムの土俵を降りるという意思表示であり、みせかけのナルシズム武装で自分を守るためだ。選ばれなかった悲しみを積み重ねても、それを振り返っても泣けてくるだけだし、今の自分が可哀想だと思う。

わたしは世間一般的な美の基準、世間一般的なかわいいの基準で考えれば決して美しくないし、かわいくない。けど、この世には確実に私の顔が好きな人間がいる(私含め)。別にそれでよくて、自分が自分の顔をかわいいと思っていること自体は、恥じなくても、隠さなくてもいいんだと、長く時間をかけて気がついた。「女の子はみんな可愛い」のみんなに、私だけが入っていないとずっと思っていたけど、その限定的な疎外には何の意味もない。屈折した自己愛を、一つひとつまっすぐにしていっただけ。わたしはかわいい、めちゃくちゃ可愛いと思う。私は私の顔がすごく好きだし、とてもかわいいと思ってる。はやく、わたしのこと大好きなひとに会いたい!わたしも!と言いたい。

 

2024/3/16の日記