普段からテニミュの感想を長文でまとめている私が、東京公演終了時点でもうそれをやりたくなっているというだけで、今回の全立前編がどれだけ私にとって面白い公演かはobviates!明らかじゃん!本当に、私はテニミュを諦めなくてよかったなと今この瞬間も思っている。香、4th、そう思わせてくれてありがとう。
青学に入ってよかったよ 12代目バージョン
そもそも今回の公演の一言目が「お前が例の越前リョーマか、出る杭は早めに打っとかねーとな」なのがまずすごすぎる!これはミュージカルテニスの王子様越前リョーマ&桃城武公演だ!やっぱり原始阿吽は太陽だったんだ!阿吽最高!阿吽最高阿吽最高阿吽最高!!!!!!!!!!!!!(もうここは今考えられる領域にないため、最高!とだけ言わせてもらう)
S3 手塚VS真田
まず構成がめちゃくちゃ面白い。今までにフォーカスされてこなかった手塚と大石↔︎幸村と真田という「部長と副部長」(genius 351のサブタイ)に焦点を当てることによって、青学と立海というチームそのものについて、これまでのパブリックイメージを超えた新しい視点が提示されている点や、今までは手塚と真田の個としての覚悟や勝負に重きを置かれていたものが、青学と立海、それぞれのチームとしての一勝に懸ける全員の想いの表出に重きを置く構図になっていた点など、挙げればキリがないが、4thがここまで積み上げてきたシングルスの描き方があってこそのS3だったと思う。
「部長と副部長」に関して特に注目したいのはやはり試合に出ていない大石と幸村が、今試合をしている手塚と真田を止めるべきか見守るべきか逡巡する曲があるという点だ。この曲は、本来であれば手塚の腕や将来のことを考えて誰よりも手塚の自己犠牲を止めたい大石、真田の真っ向勝負の信念を捨てさせてチームの勝利の為の戦いを求める幸村という、試合をしている2人と共に過ごしてきた時間に最も重みがある2人による曲である。
この曲中における大石の「君が部長でよかった」幸村の「君が副部長でよかった」の歌われ方の違いに、青学と立海の違いが最も出ていると思う。大石は手塚に近づき、真っ直ぐ手塚の方を見つめて「君が部長でよかった」と歌う。対して幸村は真田の元を離れ、チームの方に近づき、チームメイトがいるベンチを見つめて「君が副部長でよかった」と歌う。これは、大石が手塚の「個」としての覚悟を尊重し、その上で手塚国光が自らのチームの部長で良かった、と個を貫く手塚に対しての敬意とその決意を受け止めるという覚悟を決めているからこその演出だろう。対して幸村は「君が副部長でよかった」(と、思わせてくれるよな?)という、「個」を捨てて立海三連覇の為の駒の一つとならなければ、お前を副部長にした意味がないだろう?と言わんばかりの演出が為されている。この差から青学というチームの異常性が垣間見えるのではないだろうか。青学は徹底的に「個人の決意や覚悟」を尊重する。本来であれば立海のやり方のほうが余程正しいのだ。チームの為の1ピースとなる為には「個」の信念などは捨て去って戦う必要がある、というのは何ら間違った事ではない。四天宝寺戦において波動球の無効化をした(最終的に真っ向勝負を受けたが)銀や、勝つ為に千歳に試合を譲った謙也、ボールに触れる事を許されなかった財前。全国氷帝においては持久戦を要求された(拒否したが)忍足、持久戦を捨てた跡部。さらに遡れば勝利の為のラフプレーに従った比嘉……立海の「全ては全国三連覇のため」に個を捨てさせるという理屈は、あらゆる他校も同様にやってきていることなのだ。それこそ他校においてはそれを指導者の立場にある「大人」が個を捨てる事を要求してきている。例外なのは六角と青学くらいだろう。(立海の宗教性はそれを要求する「大人」の不在によって成り立っているのではないかとも思うが、ルドルフもその点で言えば「大人」が不在なのでその点がどう異なる印象を与えてくるのかをもう少し考えたいところではある)
青学は徹底して「個人の覚悟・信念」を尊重する。そして、それを大人も止めない!(スミレが絶対に止めないのって、かなりやばい事だ)それを認め、チームメイトも絶対に捨てさせない。なのに!青学は!!勝つ!!!お気づきだろうか?おかしいのは青春学園なのだ。
手塚の覚悟を止めない事を決意した大石が手塚に「油断せずに行こう」と告げ、手塚が「俺たちは勝つために来た、からな」と返すシーンの後ろにいる菊丸が、2人を見ながら優しく笑っているのを是非観てもらいたい。先述した「本来であれば手塚の腕や将来のことを考えて誰よりも手塚の自己犠牲を止めたい大石」がした優しくも残酷な決意を、その苦しい決断を誰よりも分かっている菊丸は、その後大石の肩を叩き、大石を励ますためにベンチ下に降りてくる。この後に「We will never die」が始まるわけだが、そこで菊丸に宛てられている歌詞が「俺らはチームだ We will never die」なのもすごい。菊丸は手塚の決意を、そしてそれを尊重した大石の決意を共有しているんだとここで強くわかる。ここで黄金と部長副部長である、大石を中心とした3人の関係値が視覚的にも理解でき、この曲が入ってきていることがかなり効いている、4thらしさが効いている曲であり演出だなと思う。
また「We will never die」は、青学というチームの異常性がわかる曲なので大好きだ。立海の「チームのために選んだ正義」はわかる。全然わかる。青学は「チームのために払った犠牲」は、ヤバいだろ。待て今なんて言った?チームのために?払った犠牲?待て今お前犠牲っつったか?この曲、めちゃくちゃアップテンポのくせに言ってる事がガチでえぐい。青春学園はキラキラした、眩しさに目を焼かれそうになるチームだし、私はだからこそ青学が好きだが、その光を産んでいるのは間違いなくこの様な徹底し過ぎているといってもいいまでの個の尊重と、それによって失われる物、勝利と煌めきのために払われる犠牲という暗闇があるからこそなんだろう。少なくとも香はそう思って青学の煌めきを描いているんだろうと思った。青春学園ってやばいよ、個を徹底的に尊重することが=勝利に繋がるというこの構図が青学の独自性で、だからこそ主人公なのだと思うんだけど、それにしても青学ってめちゃくちゃなチームなんだと思い、新しい発見だなと思えた。
あと、手塚が最後に零式を打つ時に幸村と不二にピンスポが当たってて、不二は時間稼ぎだということに気がついてからエンブレムを握っているのがめちゃくちゃ良いと思った。そこからS2におけるIt's my timeの歌詞の変化、僕の場所it's my teamに繋がる説得力があるなと感じている。
記憶を無くした王子様
爆泣き曲すぎる。あまりにも苦しくてしょうがない。思い出せ越前で泣くことも思い出せ越前のために通うことも元から決めていたが、まさかここまで最高の形で、しかも前編で「思い出せ越前」をお出しされるとは思ってもみなかった。
まず、リョーマを連れ帰ってきた桃城の演技が秀逸。手塚の敗北という青学にとって圧倒的に絶望の状況下、リョーマという蜘蛛の糸を垂らしてくれたかと思いきや、その糸を自分でまた切らなければならない。あの時のあゆとの演技って本当にすごい。帰ってはきたんですが…の時の表情、声の震え、なんと説明すべきか、説明したくない!だが説明しなくてはならない…。絶望の中に更なる絶望の暗闇を持ち込まなければならない桃城の心中を察すると苦しくて仕方がないし、リョーマの「連れてこられただけで…」がまた苦しい。その後全員に責め立てられながら、桃城の後ろに隠れるリョーマも観ていられない。萌えすぎてしまうので、観るのだが……。海堂がリョーマにブチギレている所を見ている時も桃城は苦しそうにしていて、きっと見つけてからここに連れ帰るまでにこの青学レギュラーとの一連のやり取り全てを桃城は1人でやっていたのだろうなと想起させてくる。
からの青学全員による「思い出せ越前」で泣かない人間がいる訳がない。各々がリョーマとの思い出、リョーマへの想いを伝えるも、それは届かない。特に手塚のパート後に手塚の表情をみて一瞬泣きそうな顔になり、そこから「先輩に頂点見せてやれ」と歌う2年生(桃城武くん)、こちら最注目ポイントとなっております。という感じだ。泣かせにきている。しかも最後の「思い出せ」の時、桃城くんは青学のエンブレムを握っている。(現状は桃城だけが)リョーマにとっての青学の歴史の始まりが桃城武であり、それは即ちリョーマのテニスの王子様としての歩みの第一歩目が桃城武であることの証左に他ならないと思っている。早く観に行きたい。私はこれに定価を払っている。
D2 乾海堂VS柳赤也
この試合に関しては文句の割合の方が気持ち多いかもしれない。アンケートにも書きまくっているが、柳のラリー中の「貞治」呼びを今すぐにやめてください。普通に意図がある演出とかではなく峰の時にあった乾と大石のセリフが逆になっているレベルのミスだと思っている。この試合において柳がラリー中に「乾」と呼ぶのは、立海三連覇のために必要とされている「個」の排除の要求に柳なりに応答しているからである。それでもなおラリー外では赤也のラフプレーによって眼鏡を破壊された乾に「すまないな、貞治」と呼び掛けている。最初から最後まで「乾」と呼び続けられる程の非情さは持ち合わせられていないが、立海三連覇のための駒として自らの役割を全うする決意は硬い(それこそ関立では自身が私情を挟みすぎたせいで3タテ出来るはずだった試合を落としているのだから)というアンバランスさが柳の人間臭さとなっている重要な描写だと思う。あの場で乾呼びと貞治呼びが同時に存在しているのは、乾に対してのこの試合には一才の私情を挟むことは無いし、できない、という、本当に柳から乾に対して「だけ」伝われば良い意思表示でありメッセージなのだ。だからこそ、この場面では乾呼びと貞治呼びを意図的に使い分けていなくてはならないのに、なんで貞治とか呼んでるんだよ柳はよ。お前関東の負けのこと本当に反省しているのか?大阪までには直っていて欲しいと思う。
さて、賛否両論の意見を最も見かけるシーンこと泣きっ面に蜂曲だが、私はこのシーンで立海を観ていることが少ないので特に思うことは無い。(爆速チェックメイト自体はかなり気持ちが良くて好きな曲だし、過去の雑魚曲もまあ大体こんな感じだっただろうという体感があるため)だが何故あえてこの記事で爆速チェックメイトに触れるかといえば、この曲で重要な点は蜂コスプレではないからだ。(断言)蜂にイラついてしまう人は是非、青学ベンチを見てみて欲しい。
桃城武と洗脳の歴史については以前四天感想ブログで書いたことがあるのだが、4thにおける桃城は常に洗脳されていた。「常に相手のペースに呑まれ、意味のわからない行動をさせられ、時には白目を剥き、恍惚とした表情を浮かべ、クラクラと目を回し…そんな桃城武を観られるのは原作アラメノマ回とテニミュ4thシーズンだけ!ありがとう香!」(自身の過去記事から引用)爆速チェックメイトは本公演において、ワカラマイから始まったベンチ洗脳ソングの系譜に位置する曲である。(桃城は四天まで洗脳皆勤賞の筈だ)そんな洗脳のプロである桃城が、今回の爆速チェックメイトではその洗脳を受けていない。じゃあ誰が桃城の代わりに殺虫剤をかけられてネットの前で踊っているのか?答えは一つ、記憶を無くした王子様である「越前リョーマ」である。桃城はベンチから洗脳され踊り狂うトリオとリョーマを見て、ベンチから「越前!」とリョーマを正気に戻そうとしている。ここで、今まで築き上げてきた、そして私たちに視覚的に表現され続けてきた冷静なリョーマと感情的な(というより流されやすい?)桃城の関係値が逆転している。記憶を無くし、全てを無くしたリョーマには今与えられている外部からの刺激に対して抵抗する力がなく、今現在桃城にはそんな越前に対して為せることが「名前を呼ぶ」以外に一つもない。洗脳ソングで描かれているのは精神的な幼さのようなものだと私は感じているので、ここでようやく桃城の精神的成長が見られたという喜びもあるのだが、同時にリョーマの精神的退化を否応なく見せつけられてしまった苦しさが同時に押し寄せてくるかなり印象的な曲になっている。その後の四天のお笑いに対するリョーマの反応と、それを呼び戻しにいく桃城のベンチワークも印象的だ。「お上手ですね!」「お前もお上手だったんだよ」が、この公演中ずっと行われているということが、ベンチを定点せず全景で見たとしてもある程度理解できる演出として、私はこの辺りを観ている。
海堂のジャイロレーザーとトルネードブーメランについては、桃城の「ジャイロ回転してやがる」のカットや柳生のパートがいささか長すぎる事など不満はあるが、乾海堂の曲は好きなので別にいいか…と思っている。赤也の悪魔化についてはそもそも名古屋星徳戦でもそこまで印象に残らず、香の得意な宗教的演出を何故しなかったのかが気になる点ではあるが、まだ考えがまとまっていないため意見を述べるのは保留としておく。今回は全体的に香らしさ(宗教演出)が控えめだと思うのだが、それにも何らかの意図があるのだろうか?無いわけがないと思っているので、是非千秋楽までに答えを出したいものである。
試合後
この試合自体は原作ではたったの5話しか使われていない。サブタイトルはgenius354「テニスを忘れた王子様」355「砕かれし心」356「猛獣使いの達人」357「直線と曲線」358「海堂覚醒」までがこの試合である。短い。特にgenius358のラストページに至っては審判による試合の終了すら宣言されず、倒れた乾の脇で乾の名を呼びながら叫ぶ海堂の大コマのみである。許斐剛の描く漫画、あまりにも面白すぎる。そしてgenius359「悪夢」では乾の悪夢、青学の敗北という最悪の結末が先の試合で受けた自身の傷や様々な潜在的意識と共に描かれ、病室で包帯ぐるぐるの乾が目を覚ますとそこには海堂の姿がある。というのが、あくまで原作における、つまり「コマ内」で描かれている全てである。今回D2後の曲で描かれているのはまさしくその「コマ外」で一体何が起きていたのか、であろう。全員曲でありながら海堂は乾がいたその場から俯いて動かない。そんな海堂を気遣うようにタカさんと大石が海堂に近寄り屈んで目を見つめる、またはそんな海堂の想いを理解し、自分ごとの様に悔しさと復讐心の様なものを燃えたぎらせて桃城は海堂を見つめ、オフマイクかつ曲中であるにも関わらず名前を呼ぶ。この曲は「勝つまで負けない」という繰り返されてきたフレーズの通り、まだ青学は負けていない、ここから再び這い上がり必ず勝利するのだ、その勝負の場から降りる事は許さない、と、失意と絶望の中にいる海堂を再び勝負の場に引き戻す曲なのだと思っている。「Never Never Never Give up」を歌う桃城の視線が常に海堂に向いている事や、赤也がその状態の海堂すら自らの手にかけようとする所で大石、タカさん、そして桃城が海堂を囲み、まるで海堂を守っているかの様に見える構図も大変素晴らしいと思う。
乾と海堂は確かに負けたし海堂にとっては絶望しかない瞬間であること、青学が崖っぷちに立たされていることもまた確かなんだけど、その海堂の絶望を救うのが次の不二のS2であるというのが四天S3からのD2「決勝、行きましょう!」の流れの逆になっているのがかなりわかりやすく描写されている様に感じてそれもこの曲の良さだと感じている。
海堂がどうやって乾の病室まで向かえたのか、海堂がどうやって乾に(悪魔化を止めてくれて)「ありがとうございました」と伝えられるまでメンタルを回復させたのか、という今まで描かれてこなかったあの試合の後の「海堂薫」を描いた、4th的崖っぷちギリギリ〜ここからが…俺たちII(全立バージョン)だと私は受け取っている。私はこの曲があったからこそ、より強く青学に勝って欲しいと思えたし、テニミュに青学厨として通いながら「勝って欲しい」「絶対に勝ちたい」と思わせてくれる公演にしてくれたのも、この曲があったからだと思っている。この先もっと良くなるだろうと思うと楽しみでならない。
乾の悪夢
悪夢曲がDance with Devilsで嵐のMonsterの間奏でマスカレイドミラージュなので、当たり前にかなり好き。
乾の悪夢の面白い点は、先程洗脳されていたリョーマの立ち位置に桃城海堂が入り操り人形とされている点だと思う。乾の潜在的な意識の中では桃城がまだ洗脳される側だと表現されており、そこにリョーマがいない、というかつての青春学園がそこにはあるからだ。これにより爆速チェックメイトのリョーマと桃城の反転に説得性が出てくる。
また、乾の悪夢の途中で完全暗転がある点もかなり好きだ。夢というのは突然覚めるし突然消える。香は「夢」や「潜在意識」を演出する事に長けていると思っているので、この辺りはかなり気に入っている。目を覚ましてからの海堂と乾の会話の芝居の間や台詞回しも素晴らしいと思う。演技が上手い。(あんまりに文が長くなりすぎて疲れてきた)
S2 不二VS仁王
そんな乾の悪夢を切り裂くかの様に、晴れ渡る真っ青な空をそのまま表現した爽やかなラリービートで始まる不二仁王戦、まずこの幕開けが素晴らしい。乾の悪夢はあくまで悪夢、潜在的な記憶や直前の傷が生み出した最悪の想定であって、そんな暗雲を吹き飛ばすかのように爽やかに始まるこの試合の幕開けがわたしは大好きだ。不二は前回の白石との試合での敗北によって既に一段階上へと登っている。原作でもテニミュでも「なんか…雰囲気が…」と言われているし、それをラリービートで表現してくれているのがまず嬉しい。
S2の描き方として1~3と大きく変化しているのはやはりなんと言っても「仁王のソロをどのタイミングで入れるか」だろう。今までのイリュージョンは、手塚と白石という立海側が想定していた不二が絶対に勝てない相手、になれる仁王という、青学及び不二を絶望させる(絶望させたと思った(立海は))タイミングで歌われる。そしてそれをひっくり返して不二が勝つという展開だったが、今回の構成としては不二周助と手塚国光/前回の対白石戦での敗北という様に、明らかに仁王がイリュージョンする相手と不二の関係性が違うことがはっきりと描かれていると思う。個人的には仁王のソロのタイミングはあそこで完璧だったんじゃないかなと思っている。だって、不二周助にとって最も重要なのは手塚国光との再戦であって、一度負けた相手に対するリベンジは二の次なのだから。
S2は4thによって、完全に不二視点で再構築されたと思っている。全てが不二の見ている景色であり、不二の心象風景であり、不二の感情なのだとわたしは個人的に解釈している。これについては既に長文ツリーの感想を流しているのでそこからほとんどそのまま持ってくることにする。
○不二について
・S2って不二視点でみると対手塚戦(より一層特別なもの)と対白石戦(一度負けた相手)で手塚が出てくることと白石が出てくることの重みが圧倒的に違うんだけど、過去Sのイリュージョンのタイミングって手塚と白石どっちも顕現させてからだから、仁王曲のタイミングが頭にきたことによって不二にとっての手塚国光という人間の存在の重みがよりわかりやすくねちっこく面倒臭く描写されてるような気がする。
・不二周助にとって手塚国光は道標であることが嫌というほど描写されきったというか、知らされきった後に作られたシーズンなんだなということを再認識
・同じ相手に2度も負ける訳がないというのを不二自身も、そして乾をはじめとして青学3年も自身と確信を持って言えるのがいい。あまりにも重みが違う。内部から見ないとそれはわからないけれど。だから聖書に効いたか?それ、とかもマジで意味がない。効かなかったからといって折れる訳がないんだというのを乾くんがめちゃくちゃ理解しているところを青学旧三強ってやっぱり最高。
・仁王のイリュージョンが完璧ではないことに気がつくまでは本当にこの日を夢見ていたんだという満ち足りた笑顔で対手塚戦を楽しんでいる不二が零式4本で決まらなかった後のクローズドアイでは笑顔なんだけど満ち足りた感じではなく、あくまで心の瞳で見える手塚への笑顔で、今実際に戦っている相手は手塚ではないからこその余裕の笑みみたいな冷たさを孕んだ笑顔に変わってるように思える。
・S2は不二視点で描かれた試合なのは仁王がイリュージョンしている手塚にはピンスポが当たらず、ベンチコーチの手塚にピンスポが当たったり、不二が今の試合(対仁王)ではなく回想の自分達を思ってラリーをしているのから見ても明らか。
・「僕だけのit's my time」が四天戦の自身の敗北とそれを帳消しにしてくれた後輩や仲間の奮闘、そして手塚の試合と手塚を止めたかった大石が止めなかったことや最後まで海堂を守る為に戦った乾を見て「僕の場所it's my team」に変化するのって不二周助が完全に青学というチームの一員になった事の表れなように思えて、心から青学が自分のチームであること、自分が青学というチームの一員であること、その為に全てを賭けて戦っていることを受け入れて次へ進んでいこうとする覚悟(吹っ切れた決意)みたいなものが見られるのがすごく良かったと思うし、だからこそ試合後に笑顔で手塚に再戦を申し込めるんだろうなと思った。不二の目にはずっと「心のまま僕は君を想う」の手塚だけが映ってる演出が視覚的にわかりやすく表現されているように思って、「あえての」マスク演出なんじゃないかと思った。それに合わせる形で白石もマスクにしたんじゃないかなと思ってるし、納得できる。
➡️香と不二との決着が最終的に原作に書かれてある事だけをそのまま描写して曲にする、クローズドアイ2026の様になった事を受けて、3rdまで見てきたクローズドアイからメロディーの変化はあれど歌詞がほぼ同一なのに、そこに付与される意味合いやそこから受ける印象が大幅に変化したというのはとてつもなく大きな意義を持つと思う。これまで歌い継がれてきたクローズドアイを聴き返した時、その曲に対しても新たなレイヤーが加えられているというのが嬉しいし、この様な決着になった事もまた感慨深いものがある。
・六角時点でのwe are the oneは手塚が抱える不安に対する不二からの心配の要素やでも大丈夫だからね、という意味合いが強いものだったけれど、今回あのタイミングであれのリプライズが入ったのってマイナス要素の「胸の中のざわめき」ではなく不二が自分自身を手塚に見てもらって、それによって生じた限りなくプラスの意味合いの「胸の中のざわめき」なんじゃないかと思った。これでまた試合したくなった?再戦してくれる?これだけ成長したよ、だから君の腕が治るまで待っているよ、という不二から手塚へのラブコールなんだと思った。同じ曲を使いながらもそれを歌う不二の内面は180度変化していて、覚束なかった足元がガッチリと固まり、自信を持ってwaiting for youを伝えられている様な気がする。
○リプライズについて
・リプライズ合戦になるのは4thのお決まりの型ではあるが、そのリプライズ中のリョーマの変化がある事によってかなりこのリプライズは型として以外の意味を孕んでいるように思えた。リプライズに参加できない➡️堀尾に促されて応援(受動的に観戦を楽しんでいるだけ)➡️最終的にそのメガホンも下ろして純粋に不二周助が魅せるテニスに目を奪われている(能動的にテニスの観戦を楽しんでいる/テニスそのものに対する興味の芽生え)があのリプライズ中のリョーマの挙動や表情の演技から読み取ることができて、ここから「僕にもテニス教えてください」に繋がるための重大な布石としての効果があった。記憶を無くした王子様が記憶を取り戻す為には、身体の記憶に呼びかけるだけではなくテニスに出会った頃の夢中な気持ちやテニスそのものに対する興味、テニスがしたいという能動的な感情の記憶も同時に呼び起こすというか、再生産する必要があるのだ、という香の解釈が好きだ。
○仁王について
先述したように(ブログで)立海を個の排除を徹底的に求め、それを成し遂げられた者が勝利するというチームとして見た時、仁王は個の部分を出しすぎたが故に敗北したというように見えた。仁王のソロ曲が「黒い白馬にまたがって前へ前へとバックした」という個人の座右の銘から関連付けられたワードによって構成されているところとかからもそれを感じる。
フィナーレメドレー(あえてこの呼び方をさせてもらいたい)
今回のラスト、部長の三重奏だったりフィナーレを始めようと今回の曲のアレンジだったり、それを全員で歌う明るい終わり方というか、なんというかすごく3rdまでの「フィナーレメドレー」の雰囲気を強く感じてそれが個人的にすごくツボだった。これって、フィナーレメドレーだよね!?という感情が湧き上がってきてあの時の思い出も一緒に蘇ってくる様な感じがした。まだあまり色々考えられていないのでとりあえず嬉しい!好き!とだけは伝えたい!!!!!!
ラストシーン
D1の両者がコールされて私が大好きな黄金の台詞で終わるかと思いきや、スクリーンの向こうでは同時進行で越前に対する強制的な記憶の呼び起こしが行われている。桃城がまずサーブを打ち、海堂、乾で終わるかと思いきや!最後の最後で桃城がダンクスマッシュを打って幕が降りる!ヤバイ!阿吽で始まって阿吽で終わりすぎている!これをミュージカルテニスの王子様越前リョーマ&桃城武公演と言って何が悪いんですか!?!?こんなのリョーマに対しての桃城くんからの心からの「祈り」でしかないじゃないか!!!!!すごい!!!阿吽ってすごすぎる!!!!
以上!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!私はテニサミ行ってそっから大阪いくぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!待ってろや!!!!!!!!!!!!!!!!!!阿吽〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


